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(韓国・ハンギョレ紙 2006年12月8日付け)



「386スパイ団事件、主張し裏付けようとした検察」




・ 検察が昨日、チャンミンホ・ソンチョンモク・イチョンフン・イチンガン・チェギヨン氏等を起訴したが、所謂”一心会事件”の中間捜査結果を発表した。国情院がチャン氏以外には適用しなかった国家機密・探知・漏洩・伝達等(スパイ)嫌疑をあと残り4名にも追加したことが変わった点だ。チャン氏の対北報告文件に含まれていると言う政治勢力と市民団体の抱き込み対象者に対する捜査を継続したと言うのだが事件の骨格は事実上、これで整理されたと見ても差し支えない。

 検察の努力の良し悪しと関係なく、捜査結果には小さくつまらない点が少なくない。特に核心と言うチャン氏以外の4名に適用されたスパイ嫌疑には、裏付けられる根拠が貧弱だ。チャン氏の陳述や文件が全てだと言っても行き過ぎではない。4名はチャン氏が北へ報告したと言う文件の存在自体も知らないといったと言う。一心会という組織も知らないし、加入したこともなく、お互いによく知らない間だと言う。それ故、チャン氏が実績を膨らます為にあっちっこっちで収集した内容を文件化しながらそれらの名前を挟み込んだ物だという主張まで出ている。これらがスパイ行為をした可能性ぐらいでチャン氏が一人芝居をした可能性も大きい。また中国に行くこともない被疑者に会合・通信の嫌疑が適用されることもすると言うのだ。

 こんな結果は、厳重な機密が要求されるスパイ捜査を事実上公開里に進行したことが大きかったのだ。国家情報院関係者らは捜査内容を言論に流して、キムスンキョ前院長は言論インタビューを自ら進んで行い、典型的なスパイ団事件だと規定するなど事件を政治化する事に努めた。これに基づいて国家情報院は事実関係を基本として嫌疑を立証出来ないまま追われるように事件を送致した。

 不十分な部分を含んだ事件全体に対する判断は、法院の役割になった。今まで国家情報院の一部と保守言論は、この事件を”386スパイ団事件”として規定した。検察は、”スパイ団”という言葉は避けたが5名全てにスパイ嫌疑と利敵団体構成の嫌疑を適用するとしてこれを裏付けた。事実この規定は煽動的表現であって、法的表現ではない。これに基づく集団的烙印の被害を法院は記憶しなければならない。国家機密に対して、もっと厳格な判断も出さなければならぬ。周知の事実まで国家機密と見なしてスパイを量産してはだめだ。機密の基準を拡大しようとする公安機関の努力にブレーキをかける事は司法府だけだ。(訳 柴野貞夫)

解説 柴野貞夫
 
 2006年12月、北朝鮮のスパイとして民主労働党の現役幹部を含む5名の人が”北朝鮮スパイ”として国家情報院に逮捕された。拘束の根拠は、ハンナラ党を始めとする保守野党による反対で未だに廃棄されていない”国家保安法”による違反嫌疑である。保守言論は、その”スパイ”が”386圏世代”によるスパイ集団だとして批判している。386とは1960年代に生まれ、80年代に学生時代を過ごし、90年代に30代だった学生運動に関わった世代に付けられた呼称であるが、保守言論はこの386世代が多数を占める事によって”ノムヒョン政権”の左翼的性格”を形作っていると主張している。ハンギョレ紙は”国家保安法”は一般に広く流れている情報まで国家機密としてしまい”スパイを量産するだけ”と批判している。